Arashiology

大野担の嵐オタクによる嵐論

第八章

He is a genius, don’t you think so?  天才でしょ、あの人?

 

嵐の最年長と最年少、大野くんと松潤のコンビは、じいまごコンビと呼ばれることが多いようだ。

 

たかが三歳程度の年の差で「じい・まご」と呼ぶのもいかがなものかと思うが、某占い芸人が大野くんについて、「生まれた時から心が60歳」、松潤については「心が16歳」と表現したことは、あながち間違っていないのかもしれない。

 

大野くんはわりと若い頃から、目の前の事象をひとまず受け止める包容力を持っていて、それは彼のラジオに送られてくるリスナー投稿への対応などを聞いているとよく分かる。それなりに人生経験を積んだ人でも、なかなかそんな境地に至らないだろうと凡人の私は思うのだが、彼はまず否定から入らない。そういう包容力や、寡黙なところ、猫背なところが「おじいちゃんみたい」と表現されるのだろう。私の思う老人のイメージは、「色々な経験から人生の教訓を蓄積しており、大抵のことには動揺せず、余計なことは語らず、時々含蓄のある言葉を紡ぐ」というものだが、何だか大野くんのことを指しているようではないか。暴走老人も多い今の世の中、大野くんよりだいぶ年上のファンが、大野くんの人柄を絶賛するのはこういうところなのだと思う。

 

松潤はそんな大野くんの包容力を十分に分かっていて、いつだかの「ワクワク学校」で、大野くんへのお礼として、「大野くんは何でも受け止めてくれる」と発言している。だから彼は大野くんにキツい発言もするし、スキンシップもするし、いたずらっ子全開にもなる。松潤は、礼儀正しく大人の振る舞いもできる人だが、やはり「16歳の心」の持ち主でもあるのだろう。大野くんに対する時は、完全におじいちゃんに甘える孫、もとい兄にかまってほしい弟といったところだ。大野くんは他のメンバーを「おまえら」と呼ぶことがあるが、これは恐らくニノと松潤を指していると思われる。それは、この二人が大野くんにじゃれつき、大野くんがそれをあしらう関係性だからだ。そして、「こんなことしたら松潤に怒られる」とメンバーから恐れられる(?)松潤に、まともに反対したり、冗談でも文句を言ったりできるのは大野くんだけだろう。

 

大野くんについて語ろうとするとき、他のメンバーが笑いに走っても、松潤はわりと真面目にコメントしている印象がある。普段はツンデレで、なかなか大野くんや他のメンバーを褒めたりしない彼だけれど、実はメンバーのことを深く理解し、かつリスペクトしているように思う。「VS嵐」に俳優の林遣都くんが出演したときは、酔った松潤が大野くんについて「カッコいいでしょ。天才でしょ、あの人」と語ったことが暴露され、(松潤は照れて覚えていないと言っていたが)大野担としてはまさに松潤をハグしたい気分だった。酔って無意識に言う言葉は本音だろうから。「untitled」コンサートで大野くんにユニット曲の振り付けを依頼した時も、もっと細かく教えてほしかったと松潤は後で文句を言っていたが、これは、大野智の振り付けを正確に踊りたいという彼のストイックさであり、大野くんへのリスペクトが言外に漏れた発言だと思う。

 

テレビで見られる松潤のイメージと言えば、こだわりが強く、負けず嫌いで、クールな俺様キャラという感じだが、実際の彼は、真面目で不器用な努力家で、良くも悪くも、嵐メンバーでは最も一般人に近い感覚を持っている常識人だと思う。もちろん彼のルックスは一般人離れしていて、彼自身もそのことを分かっているから、ビジュアル磨きにも余念がない。大野くんの身だしなみや日焼けを一番気にするのも松潤だ。彼はアイドルとしてのプロ意識が非常に高いので、自分(たち)の価値を最も客観的に把握しているのだろう。だが、「緊張しい」なところもあって、ここ一番でセリフを噛むといったヘタレな姿も見せてくれる。「嵐にしやがれ」のThis is MJコーナーは、イジったら怒られそうなイメージの松潤をあえてイジるという発想で、松潤の新たな魅力を発掘した。そう、松潤はクールでかっこいいが、実は不器用なのだ。そして、それを努力でカバーする人なのだ。

 

そういう松潤と真逆なのが、同い年のニノだ。器用で、さしたる努力も見せずに何でもさらっとこなし、おバカなこともできるニノは、松潤にとって、コンプレックスを刺激する相手だったのかもしれない。だから、「末ズコンビ」と呼ばれる松潤とニノの間にも、大野くんと翔くんのようなある種の緊張感があるように思う。ニノは昔から松潤のことを「松潤」とは呼ばず、潤くんと呼んできた。「J」と呼び始めたのもニノで、MJが世間に定着したら、今度は「松さん」になった。こういうこだわりも、二人の独特の関係性を感じさせる。大野くんが松潤をやんちゃな弟のように見ていて、何をされても怒らない、あるいはわかりやすく怒るのとは対照的だ。しかし、ニノは自分にはないストイックさを持つ松潤をリスペクトし、常に立てているし、よく松潤をネタにするのも、松潤自身が気付いていない彼のおもしろさがニノには見えているからだと思う。

 

それぞれ個性的な輝きを放つ嵐メンバーたちのなかで、自分なりの立ち位置を模索した結果、松潤は演出を担当するコンサート隊長になった。彼が他のアーティストのコンサートや俳優の舞台を見に行くことが多いのも、彼の努力だと思う。だから、他のメンバーは彼の努力の結晶であるコンサートを全面的に肯定する。松潤はかつてインタビューで、「気を遣うメンバーの中で、唯一自分(松潤だけ)が主張をする」と語ったことがある。他のメンバーが松潤の演出に従うのは、嵐がケンカをしない平和主義のグループなこともあるだろうが、そこには、松潤の努力に踏み込まないという「お兄ちゃんたち」の優しさがあると思う。松潤はおそらく、メンバーのそんな優しさに気付いていると思うが、そのうえで彼は主張し、他のメンバーはそれを受け入れる。それは、演出に関して誰よりも努力と経験を積んできた自負があるからだろうし、演出以外でも、嵐のアクセルとなって主張することが、自分の嵐としての役割分担だと認識しているからだろう。

 

結論、潤智コンビの関係はやんちゃな弟とあしらう兄。

2019/3/29